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  〜The Drivin' DynamicsからThe Eagles結成まで〜
 
 
1961年

★ラリー・ソト、リチャード・ローンク、ジョン・アンケニーそして15歳のランディがベースプレイヤーとして地元ネブラスカでバンドを結成。
★11月23日、The Dynamicsが正式に命名される。
★12月13日、The Dynamicsとしての最初の仕事はダンス・ホールのリトル・ムーン・レイク。
その後62年までレギュラーとなり、800人収容のホールをしばしば満杯にした。

   
1962年 ★リチャード・ローンク脱退。ポール・アスマス加入。
★時期およびバンド・メンバーは不明だが、この頃に初のレコーディングを行い、45回転シングル盤が500枚のみプレスされた。
   
1963年 ★“ドライヴィング・サウンド”が演奏の主流のため、The Drivin’ Dynamicsとバンド名を変更。
★1月。脱退したジョン・アンケニーに代わりラリー・ソトの弟が新しいドラマーとして加入。
   
1964年 ★米国音楽界へ英国音楽が襲来し、彼らはいち早く英国のバンドのカヴァーを取り上げた。そして、バンド活動は、カンサス、コロラド、ネブラスカそしてワイオミングと広がっていった。
★バンドは、新たにリード・ギタリストとしてデイヴ・マーガイム、ピアノにスティーヴ・キャッスルを向かえ、6人編成となる。
   
1965年 ★テキサスのレコード会社、SULLY RECORDSと契約を結び、ランディの歌う「One of These Days」「So Fine」、ラリー・ソトが歌う「Hurt Me」をレコーディング。そして、「So Fine」C/W「Hurt Me」が発売され、アメリカ南東部で好調な売れ行きも、全米チャート・インせず。
   
1966年 ★2月、デンヴァーで行われたコンテスト“Battle of The Bands”に参加。優勝したThe Soul Survivorsからバンド加入の誘いを受けたランディは、The Drivin’ Dynamicsを脱退し、このバンドに参加。このバンドは既にシングルを2作品発売していた。後に、The Poorとバンド名を変え、4枚のシングルを発売。ランディは、2曲でリード・ヴォーカルと取っている。これらのシングルの他、映画のサントラ用に一曲提供している。
   
1968年 ★The Poor解散。
★リッチー・フューレイ、ジム・メッシーナ、ラスティ・ヤング、ジョージ・グラサムと共にPOCOに参加する。
   
1969年 ★1stアルバム製作中に脱退。
★5月、リック・ネルソンのバック・バンド、ザ・ストーン・キャニオン・バンドを結成。ツアーと2枚のアルバムにも参加。
   
1971年 ★リンダ・ロンシュタットのバック・バンドのベーシストが一時不在になるためピンチ・ヒッターを依頼され、ステージに立つ。そこにいたのがドン・ヘンリーとグレン・フライ。3人は意気投合して、フライング・ブリトー・ブラザーズを脱退して、後から参加したバーニー・レドンと共にイーグルスを結成(8月)。リンダ・ロンシュタットの3枚目のアルバム「LINDA RONSTAD」には、イーグルス結成前にそれぞれが参加した演奏やコーラスが聴ける。
★イーグルス、アサイラムと契約