■ハワイのグラミー賞“ナ・ホク・ハノハノ・アワーズ2004”のジャズ部門にノミネート
されたヒット・アルバム
2003年9月にハワイで、そして04年2月にはアメリカ本土で発売されたこのデビュー作品は、5月に行われた『ナ・ホク・ハノハノ・アワーズ2004』のジャズ部門にノミネートされました。
■全米・カナダのFMラジオ局のエア・プレイ・チャートで32位を記録。フィラデルフィアでは1位!!
3曲目の『リメンブランス』が、全米・カナダのFMラジオ局(64局)のチャート『Jazz Week/ Jazz
Radio Airplay Charts』において、2004年4月30日付で32位を記録。結局新人ながら7週間もの間TOP50にチャート・インしました。その他、8曲目の『ヒーターズ・オン』が、アメリカ/フィラデルフィアのFMラジオ局WRTIの『Jazz
Hot11』において、4月12日から2週連続1位を記録しています。
■全米での評価
いくつかのジャズ専門のWeb Siteで紹介され、そのうちの一つ『O’s Place Jazz Newsletter』では次のように評価されました。
演奏/サウンド:各4点(5点満点)
「我々は、このハワイのカルテットの優れた質の高さに驚かされた。スチール・ギターにトロピカルな決まりきった音を予想していたのだが・・・。しかし、これは正統な新しい音楽で、しかもすべてオリジナルだ!これは、ハワイが活気に満ちたジャズ・シーンであることを示す証拠である。(中略)HJQはいかなる場所でもハートのあるジャズで賞賛されるだろう。このアルバムは彼らのデビュー作となるが、さらにファンを増やすことは間違いない!」
■ハワイとジャズ
ハワイの音楽と言えば、ウクレレ、スチール・ギターそしてスラック・キー・ギターといったサウンドが主流のため、「ハワイのジャズ」と聞くと「えっ?」と思う人が大半を占めます。しかし、歴史は浅いものの、ハワイが1959年にアメリカ合衆国の50番目の州になる以前からハワイとジャズは深い関わりを持っていました。
初めてハワイにジャズが紹介されたのは1930年代。そして、ロコ達は、本場アメリカでジャズを学び、次第にハワイ独自のジャズ・スタイルを確立したと言われています。しばらくすると、あの有名なラジオ番組『ハワイ・コールズ』がアメリカに向けてライヴ放送され、ハワイのジャズが広く紹介されるようになりました。
ハワイにジャズが定着した背景には、第2次世界大戦も大きく影響しています。1941年12月7日(日本時間12月8日)、真珠湾攻撃でハワイは大きなダメージを受けましたが、アメリカにとってはハワイの軍事基地は、軍事的覇権を確保する重要な場所であることに変わりありませんでした。アジアやその他の地域への中間地点としてアメリカから多くのの兵隊が派遣され、そして戦場へと向かっていきました。帰還兵、負傷兵もハワイ経由で滞在し、さらには軍需景気により、多くの労働者もやってきためハワイはアメリカ人で溢れかえってしまいました。 そんなアメリカ人の憩いは軍主催のダンス・パーティーで、そこではジャズが常に演奏されました。また、ダウンタウンにブルーノート等のジャズ・クラブがいくつもオープンすることで、ジャズはさらに活性化していきました。
今でこそ、ジャズの演奏の舞台は、ホテルのラウンジ等に取って代わりましたが、ジャズは廃れることなく、若い人たちにも多くの場を提供してくれています。また、観る・聴く側にも、リハーサル・スタジオとしても有名な『スタジオ6』での演奏を無料開放するなど、一流のミュージシャンの演奏を自由に楽しめる場が増えてきています。ハワイのジャズ・ミュージシャン、アメリカ本土からのジャズ・メンを迎えてのワーク・ショップとライヴを楽しむ『ハワイ・インターナショナル・ジャズ・フェスティバル』も1993年から始まり、04年4月に行われた『第7回ハワイ・ミュージック・アワード』のEvent
Of The Yearを見事受賞するまでになりました。
ハワイに住む人にとって、ジャズは身近なものなのです。
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